
本レポートは、
都市環境デザイン会議の会報誌2009年11月20日号「ライフスタイルと都市環境デザイン」特集号のご依頼により寄稿した原稿です。
なかなか時間がなくて、アップできませんでしたが、今後の都市形成などで、何か参考になれば幸いです。
■スヴェンボーのライフスタイルと都市環境デザイン 2006年、世界幸福度ランキングで世界一なったデンマーク。そのデンマークで、高福祉都市として、ベスト・オブ・ザ・シティを受賞。近年、首都コペンハーゲンから、大量の移住者を集めている都市があると知り、2007年6月デンマークに向かった。
聞けば、その都市は、その年の1月、デンマークが断行した「地方自治制度」の大改革の中で、新たな公共のリーダーシップ、自治体におけるバリュー経営を実現し、高い評価を得ているという。
首都コペンハーゲンから160q、南フュン島の南部、アーキペラゴ(群島)の都と称される美しい港町。スヴェンボーは人口わずか58,000人の地方都市だ。デンマークに98ある自治体の中でも、決して大きな都市ではない。そこで、最先端の社会福祉、まちづくりが実現されているという。スヴェンボー市の協力を得て、その取り組みを取材させてもらった。
デンマークは、EUが掲げるビジョン「世界で最も競争力があり、最もダイナミックな知識集約型の経済を持つ地域が、より多くの雇用と強固な社会的結束を持ち、持持続可能な経済成長」の実現において、2006年、EU25カ国中、第一位に輝いた。「北欧スタイル」というと、ゆったりしたスローライフのイメージがあるが、それが実現できるのも、高い生産性と競争力があってこそ、デンマークはそれを国家的に実践し、成果を挙げていた。
■北欧社会の価値観とバリュー
スヴェンボー市は、2007年1月、周辺の2つの都市と合併し、新市スヴェンボーになった。合併にあたり、規模、文化・歴史が異なる三つの都市は、合意形成を行った。それが新たな「公共のリーダーシップ」であり、新市経営の基礎となる共通のバリューだった。掲げたのは「ホリスティックな問題解決」そして「市民志向の自治体」、その質を高めるための「学習と開発」、「幸福と健康」の4つだ。
新市の経営は、このバリューを基礎として、思考され、行動、検証される。デンマークでは、ユーザー・デモクラシー(利用者民主主義)が浸透しており、まちづくりなどの政策形成には、市民パネルが活用される。
また、北欧社会の価値観、共通認識として、ノーマライゼーション(様々な違いを受け入れる社会こそが正常である、という多様性の許容)や、高齢者三原則として、@環境の継続性、A自己資源の活用、B自己決定権の考え方がある。
■北欧デンマークのライフスタイル
スヴェンボーの取材をサポートしてくれた市の担当者、マーチン・フィッシャーは、滞在中、彼と彼の両親の家それぞれにホームスティさせてくれた。彼の父はすでにリタイアしており、海を目の前にした広い庭を有す邸宅で、夫婦二人で暮らしていた。
マーチンは、夕方5時に、市役所を出ると、保育園に二人の子どもを迎えに行き、戻ると家の前の海で、子どもたちを水浴びさせた。彼の父は、客のためにバーベキューを用意してくれ、母はキッチンから、様々な果樹が植えられた芝生の庭を下り、サラダやパンやジュースをのせたお盆を抱えてやってくる。まるで、映画のワンシーンのようだ。
わいわいやっていると、隣の住人が、手紙を持って、庭越しに顔をのぞかせる。近く予定されている夏至祭りのお知らせらしい。食卓の前には、美しい海があり、遠くを行き交う大小の船が見える。聞こえてくるのは、岸に寄せる小さな波の音だけ。でも、だからといって、これがスヴェンボーの特別裕福な人の暮らしというわけではないようだ。
というのも、マーチン自身の家に泊めてもらった時、最近購入したばかりの中古の家は、合間を見て自分たちで少しずつリフォームしているというものだったが、十分な広さと設備を有していた。もちろん、庭つきで、バトミントンくらいなら、親子で楽しめる広さがある。その上、家の裏には、家庭菜園などもできる裏庭があった。
彼自身は、日本に留学していたこともあり、デンマークに戻り、スヴェンボー市に現在の国際業務のプレゼンをし、自らのポジションを得たばかり。夫婦は共働きだが、保育園に通う子どもも二人いる。それでも、若い夫婦が、自分たちの家を手に入れることができる。それがスヴェンボーの暮らしだ。
また、スヴェンボーから船で1時間、再生可能なエネルギーアイランド「エーロ島」では、屋根も抜け落ちたお化け屋敷を数年かけて夫婦や友人でリフォームしたという家を見せてもらった。こうしたリフォームは、デンマークでは一般的なようだ。
■ワークブレスとワークスタイル
スヴェンボー訪問初日、私が最も驚いたことは、夕方5時に、市庁舎から一斉に人の姿が消えたことだった。市の社会福祉の担当者のインタビューが、10分ほど時間オーバーし、部屋を出ようとした私は、一瞬、目を疑った。オフィスはすでに消灯され、人っ子一人いない。また、入口は施錠され、外に出られない状態になっていた。なんたる早技。
それでいて、2005年、国民一人当たりのGDPは、デンマークの世界第6位に対し、日本は15位。はるかに低い数字だ。彼らは、どうやって、この高い生産性を実現しているのか。働き方については、ヨーロッパのベストワークプレイス100にも選ばれた「Kjaer(ケア)」という民間企業でも、その先進的なワークプレイスとワークスタイルをを見せてもらった。
ワークプレイスでは、北欧ならではの開放的な空間デザイン、人間工学にもとづいた機能的な設備が目につく。可動式の机は、立って仕事することにも対応している。
また、優秀な人材を確保するためワークライフバランス(仕事と私生活の調和、やりがいのある仕事と充実した私生活の両立)の取り組みに関しては、非常に手厚い支援を行っていた。そこで働く社員の満足度には、非常に高いものが見られた。彼らにとって、家族や自分の時間は、人生の充実度、満足度にとって、とても重要であり、優秀な人材であれば、あるほど、それを実現できる場所へ移動する。
また、彼らは、短い時間で、最大の成果を生むことに、とても積極的だ。たとえば、障害者福祉の現場では、障害者であっても、個々が有している能力を発揮させ、活躍の場を与える支援に重点を置いている。そのため、スタッフは、障害者の自主性を重視し、彼らのチャレンジを成功させるため、互いの知識やノウハウを提供しあい、協力し合う。
ネットワークを効果的に使い、協力して仕事をすることで、生産性や競争力を高め、最終的には、互いに大きな利益を得る。その合理性と戦略性には学ぶところが大きい。
■大量移住を呼び込んだ理由
スヴェンボーへの首都コペンハーゲンからの大量移住は、デンマーク国内でも大きな話題となっていた。2005年、コペンハーゲン・ビジネススクールは「デンマークにおけるクリエイティブ・クラスの分布と分析」という調査報告を発表。
その中で、創造的な仕事に携わる人口が多い都市として、首都コペンハーゲンと第二の都市オーフス市のほかに、地方都市の中からスヴェンボー市の名を挙げ、同市は一躍注目を集めることになった。その注目度は、デンマークの全国紙で特集が組まれるほどで、私はその記事を書いたジャーナリストにも取材し、話を聞いた。
何故、彼らはスヴェンボーを選んだのか。一つに地理的要因が挙げられた。首都コペンハーゲンがあるシェラン島と南フュン島の間に橋が出来て、二時間ちょっとで行き来ができるようになり、日帰りが可能になった。第二にインターネットの普及がある。
クリエイティブ・クラスと呼ばれる人たちは、主に三種類。建築家やコンサルタントのような専門家、アーティストなどのクリエイター、そして、社会変革者たる起業家たち。彼らのような仕事に携わる人たちは、必ずしも、オフィスに縛られて仕事をする必要がない。また、第三の理由として挙げられたのが、ワークライフバランスだった。
実際にスヴェンボーに移住した人たちのネットワーク、GE9のリーダーに話を聞いた。GE9はすでに60人の移住者ネットワークとなっており、スヴェンボー市の経済や産業政策にも影響を与え始めていた。テレビプロデューサーとジャーナリストの二人の女性は、それぞれ赤ちゃんを抱いて、オフィスに現れた。
彼女たちは、こう話した。「必要な時に、コペンハーゲンに行き、それ以外は、豊かな自然、充実した福祉や保育サービスの中で、家族や自分のための時間を大切にする生活をしたい」そんな暮らしを求めた時、スヴェンボーはとても魅力的だったという。
また、もう一つの理由として、GE9の存在そのものが挙げられる。最初に、スヴェンボーに移住したテレビプロデューサーの女性が、情報発信力を持っていて、次々と、移住者を呼び寄せた。全国紙で取り上げられてからは、加速度的に移住者は増えているというが、クリエイティブたちにとって、知的刺激というものはとても重要だ。
クリエイティブな人たちが集まっている地域では、都市にいるのと同じような知的刺激を得ることが可能だからだ。そういう人たちが集まっているまちの付加価値は決して小さくない。
■三原則に基づいた「介護付き高齢者住宅」
スヴェンボー市の高齢者福祉は、高齢者福祉の三原則が貫かれている。自己決定権に基づき、高齢者が自宅で過ごすという継続性を願えば、そこで出来る限り、その人の持つ機能を生かした福祉が提供される。スヴェンボーはセントラルキッチンが充実しており、食事の配達サービスも、その介護度に応じたメニューが用意されている。流動食しか受け付けない人には、専用の食事もあった。
私もごちそうになったが、このセントラルキッチンの食事は、レストラン並みにおいしかった。食事は空腹を満たすためのみにあるのではない。食事という楽しみも、生きる楽しみの一つだし、そこに人としての尊厳、幸福を重視した福祉の一端が見えた。
介護付きの住宅は、一人ひとりのニーズに合わせ、様々なタイプがある。写真は、見学させて頂いた「ブリュグフーセット」という介護付き高齢者住宅だが、建物も敷地も、広々した空間が広がる。通路は車椅子がすれ違えるくらいの広さがあり、介護施設というより、リゾートホテルのようだった。
外側の手すりには、数メートルおきに花のプランターが置かれ、デンマークのフラッグカラーの赤色の花と葉の緑が通路を彩っていた。各部屋のドアには、ガラスがはめられている。
カーテンを開けば、外を見ることもできるし、誰かが通りかかれば、声をかけることもできる。人に会いたくなければ、カーテンを閉めておけばいい。窓も大きくとられ、ドアを開かないまま、窓越しに会話することもできる。
室内は、もちろんバリアフリーだ。バストイレへの移動も一人で容易にできる。何かあれば、24時間体制で、スタッフが駆けつけてくれるし、希望すれば、隣接する施設でデイケアサービスを利用することもできる。施設には、スポーツジム並みの健康器具が整備され、体力づくりをすることもできる。
印象的だったのは、高齢者施設に限らず、障害者が働くカフェなども含めて、福祉施設の色づかいがとてもビビットで明るかったことだ。この色がもたらす心理的効果も見逃せない。それだけで、とても心も明るくなり、優しい気持ちになる気がした。
■森の保育園
北欧における自然享受権という考え方は、たとえ、私有地であっても、一定範囲で自然を享受する権利が誰にでも認められるというものだ。たとえば、他人の敷地に立ち入り、そこに咲く花や果実を摘んで楽しんだり、寝転がったりすることも許されるという。
森の保育園は、他の北欧諸国にも多くみられるものだが、ここでは、子どもたちは野外で遊ぶ。通常、森の保育園では、雨や雪の日でも、乳母車に入れられた生後間もない赤ちゃんまでが、野外に置かれると聞いていたが、実際に見た時は、やはり、驚いた。
子供たちは、園内や近くの森や海などにも出かけ、自然と遊び、自然に学び、自然への愛着を持ち、自然のルールを身につけて育つ。スヴェンボーの幼児教育の理念は、「子どもが、一人の人間として自分らしくあるための強さを養う」ことにある。ゆえに、保育の内容も、子供たち自身が決める。
自然と触れ合うことで、子どもの身体の発育や主体性を育むため、こうした自然教育法を取り入れている。こうしたことは、その後の教育システムにも受け継がれている。前出のコペンハーゲン・ビジネススクールのリポートでも、スヴェンボー市の教育・知識に関する社会環境が国内でも優れていることが示されている。
■スローなまちの新たな開発計画
もともとスヴェンボーは、造船業が盛んな重工業のまちとして発展してきた。それがグローバル経済の中で衰退し、転換を迫られた。新たにスヴェンボーが打ち出したのが、観光や外からの投資を呼び込む新たなまちの開発計画だ。
まず、観光に関しては、イタリア発祥のスローシティ認証「チッタ・スロー」で、デンマーク国内で初めて認定を受けた。チッタ・スローは、地方中小都市の生活・文化・歴史を再評価し、スローな生活と環境を尊重して、人間らしく誇りを持って田舎で生活して行なうという運動だ。イタリアに留まらず、ヨーロッパを中心に、世界の約100都市が加盟している。
また、クリエイティブたちの大量移住に関していえば、市は、現在の市街地の西側にある「思慮深い森」といわれる自然豊かな地域を新たにクリエイティブたちのまちとして開発する計画を打ち出している。新たなまちは、美しい自然と共生し、環境にも配慮された住宅、サイクリングロードや教育・福祉施設、アミューズメントなどのコミュニティゾーン、ビジネスゾーンなどの機能を配したまちとなる予定だ。今後25年の間に、新たな住民7,000人を呼び込む計画となっている。
また、元造船所の跡地活用についても現在、開発計画が検討されており、ここに新たな投資を呼び込みたいとしている。同市は、日本市場における同市が有する福祉ソフトの提供や観光誘致などのため、毎年一回、担当者を日本に送りこんでいる。
人口わずか5万の地方都市がグローバル戦略を持っていることは、海外では当たり前のことなのだろうか。マーチン・フィッシャーは、日本の漫画家などとの文化交流にも可能性を感じているという。来年に向けては、同市が持つ福祉や教育のソフトと日本の漫画・アニメのコラボレーションの話も出ており、新たなビジネスへの発展も感じさせる。